放課後。 マスターの喫茶店で、隣り合ってコーヒーを飲む、遙と雪乃。 「マスター、ごめんなさい・・・今日も、野暮用が」 溜息一つ付いて、雪乃が言った。 「良いってことよ、仕方ねえじゃねーか遙チャンのためなんだからよ・・・」 気持ち良い笑顔で答える、マスター。 雪乃の隣で、遙はすまなさそうにちょこんと座る。 「本当に、ごめんなさい・・・」 落ちこむ遙を、雪乃はいつものように、頭を撫でて慰める。 「ハルカのこと、一度も迷惑だなんて思ったことないわよ?」 その言葉に、遙は心地よさそうに、瞳を閉じる。 二人を優しい視線で見守りながら、深く肯くマスター。 ふと、雪乃が時計を見た。現在、午後4時。 「時間ね」 足早に、雪乃が遙の手を引いて、喫茶店を後にした。 気難しい顔で、見送るマスター。 パタンと、ドアがしまる。 「・・・仕方ねえ、やっぱ仕方ねえんだよ、コレばっかりは・・・・・・」 「先輩とボク」Another Story;『その、白の風景』 雪乃が遙の手を引いてたどり着いた場所、それはこのビル群には似合わないほど清潔な、白い病院であった。 自動ドアを通り、受けつけに軽く会釈。受付嬢は、 「今日はどちらの診察ですか?」 とたずねた。 雪乃は遙を一瞬ちらり見る。 うなずく、遙。 「高田先生をお願いします・・・コレ、予約票です」 票を見るなり、受付嬢はマイクを取った。 「高田先生高田先生、御予約の井上遙様が・・・」 無機質な声が、ありえないほど白い空間に響く。 見まわせば、待合室には人はまばら。会話する事も無く、皆一様にうなだれ、陰鬱な雰囲気がただよう。 遙の、白いスカートが揺れた。 「・・・こんな日だって言うのに、ハルカにこんな格好させちゃったね・・・」 受付の回答を待つ間、二人は寄り添って、じっとしている。 白のワンピースをまとう遙、そして喪服のように黒い服装の雪乃。 「あー・・・」 退屈だ、と言わんばかりに一つあくびをし、宙を扇ぐ遙。 ふわり、と栗色の髪の毛が、揺れる。 雪乃は、その頭を優しく撫でながら、つぶやいた。 「・・・どうして、こんな事になってしまったのだろう」 白髪で、大柄な白衣の男が、二人の前にやってくる。 「高田先生」 雪乃が名前を呼び、会釈する。 遙も、つられて会釈。 男は、にっこりと微笑み、早速遙の頭を撫でた。 「やぁ、井上君・・・調子はどうだい」 すこし照れ臭そうに、遙は答えた。 「普段通りです・・・」 「そうかい」 優しい声で言うと、高田は遙の手を引いた。 遙が女装している事には、まったくかまわず。 カウンセリング室。 高田は、この筋では知られた精神分析の名医、であるらしい。 もっとも、彼らはたまたまこの病院が一番近かったから、という理由だけで通っているに過ぎない。 医師特有の若干の尊大さを含みながら、高田は椅子に腰かける。 そして隣り合って座る、雪乃と遙。 「しかし・・・いろいろ調べてみたんだけど、あまり君の事は良く分からないんだよ・・・」 高田医師は、参った、という表情で言った。 「それは、どういう・・・」 「そうだなぁ、該当する病状が文献には見当たらなくて、ね」 初老の男は、くいッと若干わざとらしく、眼鏡を整える。 「そこで今回は、恋人である君のことも、色々聞いてみたい」 高田は振り向き、カルテをめくった。 ドイツ語と英語が乱雑に混じりあう。患者に理解されるのを防ぐためなのだろうか。 もっとも、雪乃には難解な医療用語以外、全て読み取れたのだが。 「なぁ、遙君」 名前で呼ばれ、戸惑う遙。 「な、なんですか?」 「どうして君は、そんな格好を・・・君は男の子だったよね?」 若干の疑問を抱きながら確認する口調・・・目の前には、大人びた少女と幼顔の少女が並んでいるようにしか、見えないから無理も無い。 「雪乃さんの趣味です・・・」 遙は伏し目がちに答えた。 ニヤニヤと微笑む、雪乃。 「だって可愛い男の子には可愛いカッコをさせたくなってしまうじゃないですか?」 目を丸くする、高田。 「・・・君にはジェンダーという概念は、あまり関係無いのかね?」 「何をおっしゃいますか、男の子だからこそスカートを・・・」 いささか病んでいる、と高田はぼんやり思った。 白いカーテンが敷かれる。 診察室の様子は、影絵のようにしか確認できない。 そして徹底した防音対策の賜物か、稀に微かに何かを叩く音の他、診察室から意味のある空気の振動が洩れ伝わる事は無い。 「いささか共依存気味の気もするが・・・まぁ、臨床的に問題は無いなぁ」 顎をさすりながら、高田はつぶやく。 「なんらかの薬を出す必要も無いが、とにかくまだ様子見が必要だ。来週辺りにでもまた来なさい」 はぁい、とさみしそうな返事の、遙。 「・・・ボク、一体どうしちゃったんだろう」 不安そうに、遙が言った。 雪乃は、そっと抱きしめて。 「・・・大丈夫、大丈夫だから・・・高田先生もおっしゃったでしょう?『一過性のものだから、心配いらない』って・・・」 慰めるように、囁く。 白い廊下、この世にありえぬような白亜の建築物の中、暖かく射す夕日とともに、二人はぎゅっと、抱きしめあった。 「ねぇ先輩!今日はケーキでも食べてこ・・・?」 不安な気持ちの入り混じる瞳で、しかし遙は懸命に明るく言った。 同じく、明るい調子で頭を撫でる、雪乃。 「まったく・・・ハルカってばいっつもこんな調子なんだからぁ?」 そして長い長い白亜の回廊を、歩きつづける。 「結局ボクの病気って、なんなの?」 「ハルカは知る必要も無いわ、だってキミが知ったらこの病気は治せないんだもの・・・・・・」 ・・・そのとき、鉄格子が閉まった。 「精神病院だからね、一応」 おびえる遙に、諭すように言った。 「患者さんが逃げ出したんじゃないかしら・・・?」 「ちげぇよ、高田が来たんだよ・・・あの野郎」 ・・・おびえる表情は一瞬で消えうせ、無限の憎悪と破壊衝動が向きだしになった、赤い瞳。 「遙・・・早かったわね」 雪乃の瞳も、一瞬で凍りつく。 瞳孔が縮小する。冷血な、爬虫類の瞳・・・・・・。 「さて先生はなぁに考えてたのかしら?」 「フフフ、気付くのが遅かったのではないかね?」 古風なコルト製シングル・アクション・アーミーを抜き出し、高田医師は禍々しい笑みを浮かべた。 「内偵も対した意味を成さなかったようだ・・・キミたちの仲間は解体してホルマリン漬けにしてあるよ」 そして懐から取りだした、ホルマリン漬けの心臓と、赤の瞳。 「あぁ、そう・・・でもちょうど良かったわ?」 雪乃はリボンから抜き出したバトルペンデュラムを振りかざし、気味の悪い歪んだ笑顔を見せた。 「・・・だって彼女、『レネゲイド』だったんですもの・・・」 ・・・気が付けば、高田の首に、連なった剃刀の刃が絡みつく。 「・・・・・・!!」 「貴方と、同じようにね」 掌が切れるのをいとわず、高田は無理やり鎖を振りほどいた。 跳ねる赤い血、そして舞う硝煙。 なれた手付きで、装弾数5発を撃ち切る。 「狙いが甘いな、おっさん」 三日月型のブレードを背後から振りかざし、遙がシニカルに笑う。 「・・・ほぅ、キミも・・・」 ニヤリと、高田が笑った。 その刹那、遙の身体が、黒い手に吹き飛ばされる。 猫のように、受身を取る遙。 「くぅ・・・」 「ハハハ、常に次善の策と言うのは用意しておくものなのだよ」 高田は笑った、この上なく邪悪な笑みで。 蛇の目。 「なぁにが次善の策だ」 ・・・銀色の閃光が、高田の闇の手を引き裂いた。 それは、自在に舞う雪乃の、ペンデュラム。 「大体マスタープランが破綻してるのよ」 表情一つ変えず、吐きだすように言う雪乃。 「それで精神科医だなんて・・・笑わせる」 そしてペンデュラムは高田の腕に蛇のように絡みつく。 「・・・!?」 「まったく持ってくだらない・・・珍しい、遙がアシスタントに終始したわ?」 腕を切り落とし、それでも飢えの収まらない銀の蛇は一直線に、高田の心臓に食らい付いた。 蛇の目を見開き、停止する高田。 「小さな蛇に食われてしまったわね」 「・・・なぁ雪乃、蛇ってぇのはフロイド心理学ではペニスのメタファーじゃなかったか?」 白いワンピースの埃を払い、下卑た笑いで遙がからかう。 「まぁ、連続強姦殺人鬼だものね、彼・・・・・・」 無様に倒れた男の亡骸を冷酷に見つめながら、雪乃は微笑む。 「だって内偵に遣わしたアレも、結局ヤられて殺されちゃった・・・」 「オマエも結構下品な事言うんだな」 珍しく遙が、呆れた。 シニカルに笑う雪乃。 「だって人間なんて、所詮脳神経組織と生殖器の肥大した奇形じゃない」 「・・・じゃあこのヒトガタは、一体なんだってんだい」 「さぁね。取りあえず、とんでもない奇形児ってことだけは間違い無いわ?」 ・・・やがて、この施設は彼らが「じっちゃん」と呼ぶ男の手によって、存在を抹消されるだろう。 そして今宵の暗闘は、一切の証拠も形跡も無く、闇に葬られるのだろう。 ・・・・・・高田医師は・・・・・・。 「まぁあの人たちが上手くごまかすんでしょう?」 ・・・駅前のファミレスで。 「・・・ハルカったら、ほっぺにクリーム付けたまま寝ちゃってたわ?」 呆れた顔で、しかしやさしく言う、雪乃。 「うわ、ボクってばぁ・・・」 恥ずかしそうにむっくりと起きあがる、遙。 「そういえば、あの後二人っきりで先生と話してましたよね?先輩・・・」 「もう来なくても大丈夫だって」 雪乃は遙の頭を撫でながら、言った。 気持ち良さそうに目を閉じる遙。 「そっか・・・もう、大丈夫なんだ?これで鏡も怖くないですね!」 急に元気を取り戻しケーキにぱくつく遙に、雪乃は少し呆れた、しかし微笑ましい、という様子で笑顔を浮かべた。 「そうねぇ・・・まぁ、現代医学でも結局及ばないものがあるのよ?『結局はキミの愛が肝心だ』だなんて・・・高田先生、ロマンティスト」 そして雪乃は窓の外を眺める。 ・・・鏡写しの風景。 あの赤い瞳の遙が、シニカルな笑みを浮かべ、意地悪く手を振る。 雪乃も手を振った。鏡写しの遙に返すので無く、彼をかき消すかのように。 そして溜息一つ付いて、遙に言った。 「じゃあまたマスターのトコに行きましょっか・・・今度は良い報告ねぇ?」 「そうですね!」 愛らしい笑顔でうなずく遙の頭を、雪乃はまた、思わず撫でた。 そして、言う。 「ねぇハルカ・・・なんにも恐れる事なんて、ないんだからね?」