先輩とボク

うさぎをさがして。


今回はうさぎが大好きな、三国まいなちゃんのお話です。


 古びた喫茶店、「ロメオ・イ・ジュリエッタ」。
 古ぼけた看板、落ち着いたと言うにはあまりに粗雑な雰囲気の店内。そのカウンターにぽつり、小さな少女の姿があった。
 両腕は何かさみしそうに、空気を抱きしめているようだった。
 泣きそうな顔の少女に、乱雑な店内にさもありなんと言わんばかりの豪快な雰囲気の男が、コーヒーを片手に声をかけた。
 「お・・・・・・まいなチャンじゃねぇか・・・・・・珍しいな。どうしたんだい、今日は?」
 少女は頼んでもいないコーヒーが運ばれてきた事に少し驚きながらも、意を決したように口を開いた。おどおどする様子が、ちいさなうさぎの様である。
 「マスター・・・・・・あの、ね? 私の・・・・・・うさぎさんが、いなくなっちゃったの」
 そして悲しそうに、うつむいた。
 あまりに悲しそうな彼女の様子に、マスターと呼ばれた男は心配そうに声をかける。
 「うさぎ・・・・・・って、ぬいぐるみか? どこかに置いてきちまったのか・・・・・・」
 ふるふる、と少女は小さく首を振った。
 「あの、ね? ・・・・・・みんな信じて、くれないんだけど・・・・・・ときどき、あのこ・・・・・・どこかに、行っちゃうの」
 これにはマスターも、面食らった。

 華やかなフリルに身を包んだ少女は、今にも泣きだしそうだった。
 見かねて、マスターは。
 「・・・・・・しょうがねぇな、俺も一緒に探してやるよ!」
 「え・・・・・・そんな、悪いよ・・・・・・それに、お店は?」
 少女・・・・・・三国まいなは、申し訳無さと不安さいっぱいに聞く。だがマスターは笑って、
 「今日は臨時休業だ・・・・・・さぁ、行こうぜ?」
 と言いながら、さっさと看板を「本日休業」に裏返してしまうのだった。
 突然の行動にまいなはビックリしながらも、
 「・・・・・・ありがと」
 と、小さくうなずきながらつぶやいた。


 可愛らしい少女とまるで荒くれ者のような風体の男に、街行く人は目を丸くしながら振りかえった。
 「・・・・・・みんな、見てる?」
 まいなが不安そうにつぶやくと、マスターは節くれだった頑丈そうな手のひらで、彼女のやわらかい髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。
 「ハハハ、俺がこんなんだからなぁ! まるで熊と兎が仲良く歩いてるように見えるんだろ?」
 「・・・・・・くまさんと、うさぎさん」
 マスターの言葉に、まいなははにかんだ。
 「さぁってと! まいなチャンのうさぎさん・・・・・・何処行っちまったか、見当も付かないかい?」
 一つブンと伸びをしながら、マスターはまいなに声をかける。
 「あのこ・・・・・・ペルジャンは、さみしがりや、だから・・・・・・」
 「・・・・・・仲間?」
 「うん・・・・・・きっとね、お友だちがいっぱいいるところに、いるの・・・・・・」
 「そうか、行ってみるか?」
 まいなはこくり、とうなずく。そして二人は、ぬいぐるみの専門店へと向かう事にした。

 歩きながら、マスターは内心かなりどぎまぎしていた。
 何しろ、高校1年生とは思えないほど幼く、可愛らしい少女なのだ。それでいて恐ろしく恥ずかしがり屋のはにかみ屋で、どう接すれば良いかさえわからなかった。
 一方のまいなも、行きつけの喫茶店のマスターとはいえ相当の迫力ある風貌の彼に、内心ビクついていた。
 どう見ても接点の見当たらない二人が並んで歩く光景はただでさえ滑稽なのに、お互いの一言一言が奇妙な遠慮がちで、あまりに出来すぎたコメディのようですらあった。
 ぬいぐるみ屋までは、商店街からも結構な距離がある。マスターは、アルファロメオ・ジュリエッタ・・・・・・まいなの同級生二人の協力でレストアを終えた、彼の店名の由来でもある古いスポーツカーで行く事にしなかったのを少し後悔した。ジュリエッタ、それもサーキットでの走行会にも対応できるよう内装を外しマフラーを交換したあのクルマなら、ガチャガチャと騒々しいメカニカルノイズと甲高いエキゾーストノートで、会話どころではなかったからでもある。
 かといって、彼女のほうから話題を振ってくるでも無し。これがバイトに雇っている二人、雪乃と遙だったなら・・・・・・彼らは好奇心いっぱいに、話しかけてくれるのだから。
 ずっと悲しそうに、うつむき加減で歩くまいなを横目に、マスターはどうしたものか、と考えていた。
 どこか気まずい空気が流れる沈黙のまま、二人はぬいぐるみの店へ到着した。
 「じゃあまいなチャン、行ってきな」
 40近くになる男の行くところじゃないと、マスターは促したが、まいなはぎゅっ、とマスターの袖を掴んで言った。
 「・・・マスターも・・・・・・」
 その瞬間、マスターはドキリ、と胸が痛くなった。あまりに突然だった事もあるが、それ以上に掴んだ手の小ささ、そしてかすかに震えている事に、不安さを痛いくらい感じ取ったからであった。
 少し、一人で行かせようとした事に後悔しながら、
 「わかった、行こうか」
 と、一緒に店内に入った。ドアをくぐった瞬間、まいながマスターの手をぎゅっ、と握って笑った。
 「・・・仲良し、さんっ」
 これには多少の事では動じないマスターも、顔を赤らめてしまうのだった。

 店内には所狭しと、愛らしいぬいぐるみが並んでいる。
 二人できょろきょろと目的のペルジャンを探していると、優しそうな女性の店員が声をかけてきた。
 「いらっしゃいませー。何かお探しですか? ・・・・・・あ、娘さんのプレゼントですね♪」
 美女と野獣以上のインパクトの二人に、にこやかに声をかける店員。マスターはまた赤面しながら、思った。
 (・・・・・・親子に、見えるんかぁ!?)
 そんな事もおかまい無しに、まいなは店員に必死に、自分のうさぎのぬいぐるみを探している事を伝えようとする。だが緊張のせいで、声が出ない。
 「あの・・・・・・あの、」
 「どうしたの? ・・・・・・あら、あなた良く来る子ね、今日はお父さんと一緒?」
 違う、と精一杯首を振るまいな。あまりに恥ずかしがり屋なのだ。見かねたマスターが、聞く。
 「いやぁ嬢ちゃんよぉ、この子がうさぎのぬいぐるみどっかに置いてきちまったみたいで・・・・・・青っぽいうさぎなんだけどよ、知らねえかい?」
 しかしややドスの効いた声が、出てしまう。店員は驚いて、
 「しょ、少々お街くださいっ!?」
 と言うなり、ピューっと逃げだすようにカウンターへ戻ってしまった。その様子に、マスターが恥ずかしそうにしていると。
 「マスター・・・・・・ちょっと、怖い」
 と、まいなが笑いながら言うのであった。
 これにはマスターも、ただ照れて頭を掻くしかなかった。


 結局、ぬいぐるみ屋にはペルジャンはいなかった。
 しょんぼりと歩くまいなに、マスターが言う。
 「なんだい、また探せば良いじゃねえか・・・・・・付きあってやるよ、今日は」
 「・・・・・・ありがとう、マスター」
 まいなはつぶやくように言うと、またうつむき加減にマスターの後に続いた。
 それからも街の中のめぼしいおもちゃ屋を巡っては見たが、一向にペルジャンは見つからない。
 気が付けば日も暮れだし、
 「まいなチャン・・・・・・今日はもう、あきらめるか?」
 と、マスターが尋ねた。しかしまいなは、首を振る。
 「あのこが、いないと・・・・・・わたし・・・・・・」
 泣きそうな声。それがマスターには、切なかった。決心したように、言う。
 「じゃあ・・・・・・一休み、だな! あとあんまり遅くなっちまうといけねぇからな、親御さんに迷惑かけちゃあいけねえ・・・・・・」
 まいなはこっくりと、うなずく。
 「よぉし、決まりだ。じゃあまずは・・・・・・そうだなぁ、俺のライバルが紅茶屋やってんだけどよぉ、ちょっと行ってみるか?」
 「うんっ・・・・・・」
 そして二人は、駅前の洒落た喫茶店へと向かった。

 マスターの喫茶店とは対象的に、洒落た雰囲気漂う喫茶店。
 かわいい店員が、元気良く二人に声をかけた。
 「いらっしゃいませー、ご注文をお伺いいたしまーす」
 「えっと・・・・・・ハイビスカス、ティーで・・・・・・それと、それと・・・・・・」
 ハーブティーは決まったが合わせるケーキの決まらないまいなに対して、マスターはすっぱりと、
 「おうっ、アメリカンコーヒー」
 と注文をいう。
 「かしこまりましたー!」
 「あ・・・・・・ちょっと・・・・・・」
 まいなが決まらないうちに、店員はさっさと行ってしまった。優柔不断で、自己主張が苦手なのだ・・・・・・。
 泣きそうになるまいなを、マスターは慰めようとする。
 「あぁあぁ・・・・・・あの店員、とっとと行っちまいやがった・・・・・・一寸待ってろ、店長に行って聞かせてやらァ!」
 ・・・慰めるはずが、殴りこみに。それを必死に止めようとするまいな。
 「だ、ダメぇ〜!!」
 普段からは想像できない、大声。そして、マスターにとっさにしがみつく。
 「ダメ・・・・・・だめなの・・・・・・」
 必死に震えながらしがみつくまいなに、マスターはふっと我に帰った。そして、謝る。
 「わりぃ・・・・・・とっさにカーッと来ちまって・・・・・・」
 「ケンカは、ダメっ・・・・・・」
 「だなっ」
 そういうとマスターは気恥ずかしそうに、まいなの頭をまたわしゃわしゃ撫でた。
 するとその様子に、喫茶店に併設された紅茶専門店から、二人の少女が声をかける。
 「あ、マスターですよ! 雪乃先輩」
 「あら・・・・・・本当ねぇ、珍し。どうしたの? って、まいなちゃんまで」
 それに気が付いたのは、まいなだった。
 「あ・・・・・・雪乃ちゃんに、遙ちゃん」

 「まぁ、ペルジャンいなくなっちゃったの? また・・・・・・」
 結局相席に。
 髪を頭の脇で片方束ねた綺麗な顔立ちの少女、雪乃が尋ねる。
 まいなは寂しそうに、答えた。
 「うん・・・・・・前、雪乃ちゃんに、探してもらったのに」
 「? 雪乃チャン、またって・・・・・・」
 奇妙な会話に、マスターは驚く。それに答えたのは小柄な遙であった。どう見ても愛らしい少女だが、実は雪乃の恋人の少年である。明るい色調のセーラー服も、雪乃の趣味によるものであった。
 「信じないかもしれないけど、本当にまいなちゃんのペルジャンはどっかにいっちゃうんですよ? ボクも、ビックリしちゃいましたけど」
 そしてクリームソーダを、ブクブク。
 「あぁっ、ハルカぁ・・・・・・みっともないわよ?」
 子供らしい行動に雪乃が咎めると、
 「だって、面白いんだもん・・・・・・」
 と、しょんぼり。するとまいなが、ストローを取りだしては遙のクリームソーダに突っ込んで、ブクブクとやってみる。
 「・・・・・・ホント、へんなの・・・・・・」
 「あら、まいなちゃんまで」
 3人が楽しそうにやっているのを、マスターはただ笑顔で見つめた。そして、これが自分の店でなくてライバル店である事を少し恨めしく思った。
 マスターが喫茶店を始めたのは、こういう光景を見るのが好きだったからだ。
 全員が一通り平らげると、マスターは複雑な心境で喫茶店を後にする。


 外に出ると、すっかり日は落ち、月が柔らかく街を照らしていた。
 「・・・今日はやっぱ、やめないか? もう遅いぜ・・・・・・」
 マスターが呟くと、まいなも仕方なさそうに、
 「うん・・・・・・」
 と、答えた。
 「でも、その前に・・・・・・公園、にっ」
 とっさ、意を決し言った。それに答えるように、マスターはさっとまいなの手を引いて、歩き出す。
 「まぁ、頑張るのね? まいなちゃん」
 雪乃が後ろから、つぶやく。それに遙が、少しムキになって言った。
 「だって、大切なものだから・・・・・・ねっ、まいなちゃん?」
 「うんっ・・・」
 こっくりとうなずくと、一同は公園へと歩き出した。

 月明かりの公園は昼間に比べると幻想的で、どこか寂しげであった。
 早速4人は散開し、茂みから遊具からくまなく探し出した。
 夜の闇にがさがさとやる、少し怪しげな4人。時々通行人に見られては、
 「ハハ・・・・・・ちょっと、探しモノなんです」
 と、遙が気まずそうに笑ったりする。
 だが30分探しても、一向にまいなのペルジャンは見つからない。
 一同あきらめかけた、その時だった。

 「あ、・・・・・・ペルジャンっ!!」

 文字通り灯台もと暗し、街灯に照らされたベンチにペルジャンの姿はあった。
 とっさに駆け出し、ぎゅっと汚れたぬいぐるみを抱きしめるまいな。
 「もうっ・・・・・・どこ、行ってたの?」
 その様子に、3人は思わず吹きだしてしまう。うさぎのぬいぐるみに話しかける少女の姿が、あまりに可愛らしかったからだ。
 感動の再会に、マスターは歩き出す。
 「良かったなぁ、まいなチャン!」
 そしてペルジャンを抱きしめるまいなの元に行くと、頭をわしっと撫でる。
 「うん・・・・・・よかった・・・・・・よぅ」
 そして泣きだしてしまう。周りのみんなも、これには困ってしまった。
 「あらあら、まいなちゃん・・・・・・泣かないの・・・・・・」
 「あ、コレ使って! ハンカチ・・・・・・」
 そしてどうにもならないまいなを慰めようと悪戦苦闘する雪乃と遙。それを微笑ましく、マスターは見守った。
 すると突然、泣きべそのまま、まいながマスターの元へ向かった。

 「マスター・・・・・・ごめんなさい、今日お店だったのに・・・・・・」
 本当に、申し訳なさそうな声。そしてまた泣きだしそうになるまいなに、マスターはコワモテをにっと笑わせて、言った。
 「何いってんだい・・・・・・まいなチャンが泣きそうだったからなぁ、店どころじゃないさ。それよりも、違うだろ? こう言う時は『ありがとう』、だぜ。それに・・・・・・折角ペルジャンにあえたんだからよぉ、笑ってやれよ!」
 それを聞いたまいなは少し呆然としていたが、すぐに笑顔になって。
 「うん・・・・・・マスター、ありがとっ!」
 そして、ぎゅっと抱きついた。
 これにはマスターも、やっぱり心臓が痛いくらいドキドキとしてしまうのだった。


 夜。
 風呂から上がりピンク色のパジャマに着替えたまいなの手には、同じく風呂上がりのペルジャンの姿。
 濡れている事も意に介さず、まいなは枕元にペルジャンを置いて尋ねた。
 「ペルジャン・・・・・・どうして、あんな所に、行っちゃったの?」
 だが薄青色のうさぎのぬいぐるみは、答えない。ただ黒いガラスの瞳が、まいなの愛らしい姿を映すだけ。
 「・・・・・・もうっ、何も、答えないんだから・・・・・・。離さないっ」
 そしてまいなは、ペルジャンをぎゅっと抱きしめる。その瞬間、ペルジャンの耳がかすかに動いた、気がした。

 ふとまいなは、窓の向こうを見つめた。
 綺麗な月・・・・・・そろそろ十五夜が近い事を、思いだした。
 「そっか・・・・・・十五夜が、恋しいの?」
 まいなはペルジャンの瞳を見つめながら、尋ねた。答えるはずも無いが、目に映す月が語っているように、まいなには見えた。
 ペルジャンをそっと、窓際におく。そして窓に鍵を締め、電気を消すとまいなはつぶやいた。
 「お月様、きれいだから・・・・・・でももう、逃げちゃ、だめだよ?」
 まいなの問いかけに答えてか、ペルジャンの耳が風に揺れた。
 そしてまいなは、うさぎ柄の毛布を被り、一際大きなうさぎのぬいぐるみ、フレミーを抱きしめて眠りに付いた。

 その日まいなは夢の中で、ペルジャンと一緒に月面を散歩した。
 ペルジャンは終始決まりの悪そうな顔だったが、最後には、
 「ごめんね、まいなちゃん」
 と言った。
 夢の中、またまいなは、ペルジャンをぎゅっと強く抱きしめた。

 ――もうどこにも、いかないでね。


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