――解らない、君は誰なの? 何を言ってるんだ、俺は君じゃないか。 じゃあ、僕は誰なの? 何を言ってるんだ、君は俺じゃないか。 『先輩とボク』 硝子の心 第二夜 ―― 永遠に、交わるコトは無く。 ――頭が、痛い。 薄っすらと眼を空けてみる、視えるのは闇。 頭だけでなく節々も痛む。 「ああ……」 どうやら昨晩は派手にやったみたい、と他人事を口にする。 今にも折れそうな腕に力を込め、体を起こす。 虚ろな意識の中、自分の部屋のベッドで寝ていたことを理解した。 殺風景な部屋、机のパソコン以外には大したモノも見当たらない。 カーテンが閉じられた窓を見る、どうやら夜明けはもうすぐらしい。 人々は活動を再開し、慌しい一日がまた始まろうとしている。 もちろん自分も例外ではない。 ふいに、起きるにはまだ早いけど眼が覚めたのだからこのまま起きようと思った。 ――そう、今日は早起きをしよう。 「あ、おはようございます先輩」 学校への通学路、一人で歩く先輩を見つけた。 ――なんか、少し元気が無いみたい。 「遥……うん、おはよう。  体は大丈夫?どこか痛かったりしない?」 会うなり急に僕の体をぺたぺたと触っていく先輩。 不謹慎だけど、ゾクッとしてしまう。 「せ、先輩……大丈夫ですから……」 「……うん、本当に大丈夫みたいね」 すっと二人の距離が空く。 それが、手を伸ばしても触れられない距離に思えて―― 「――それより、昨日はどうでした?  たくさん居るって話でしたけど」 急に先輩の顔が曇った。 どうしたんだろう、もしかして仕留められなかった? いや、そんなハズがない。 「一匹は仕留めたわ、けど残りは逃げられちゃった」 ――昨日確かに、僕はこの手で『あの子』を。 ……ボクガ、コロシタ? 「あと2……いや、3匹は居ると思う」 違う、僕じゃない。 僕である筈が、無い。 ――そんなことないさ、殺したのは君だよ。 「多分もう学校には戻ってこないから、別の場所を探さないといけないかな」 違う、違う、違う、違う違う違う違う違う違う違うチガウチガウチガウチガウチガウ――――!! ――違わないよ、『オレ』が殺したんだ。 「――遥?」 「……違う、違う」 はっとなって顔を上げる。 目の前には先輩の顔。 悲しそうに、僕を見つめてた。 ぎゅっと抱きしめてくる、腕。 拒むこともせず、身を任せた。 「判ってる、遥は大丈夫。  ここに遥が居て、私が居て……それでいいでしょ?」 優しい言葉が胸を締め付ける。 訳も無く、涙が溢れた。 「――ただいま」 呟いて、自分の部屋の扉を後ろ手で閉めた。 壁のスイッチを押して部屋の明かりを付ける。 机の上に鞄を放りだし、ベットに倒れこんだ。 今日も、特に何事も無く学校が終わった。 なんでもない日常が、そこにあった。 でもそれは表だけ。 日常とかけ離れた、裏の日常が僕にはある。 そう、それは血に溺れ、死を貪る自分。 人で無い『異形』を狩る、もう一人の井上遥。 それを渇望する、僕が居る。 なんでもない、それは事実なのだから。 帰り際、先輩が言っていた。 昨日の今日だからそんなに遠くには行ってないだろう、と。 その瞳が、今日も宴があると告げていた。 僕らは、待ち合わせの約束をして別れた。 ――そして今日も僕は行く、『硝子の仮面』を被って狂気の宴へ。 「……ん」 眼が覚めると、既に外は夜の闇に包まれていた。 あれから少し眠ってしまったらしい。 制服のままだったので、着替えようと身を起こした。 「晩ご飯……は、もういいか」 着替え終え、そんなことをふと思った。 黒いツナギ、黒いズボン、そして薄汚れた黄土色のロングコート。 そしてベッドの下から、黒光りするリボルバーを取り出す。 全てを纏い、鏡に自分を映し触れてみる。 映し出されたもう一人の自分は、冷たかった。 「――君が、先輩と会うのは癪だけど」 呟く声は、独り言ではなく。 だが、しかし、語りかける相手は居ない。 それでも、確かに聞き届ける者が居る。 風も吹かないのに、コートがはためき髪が揺れる。 閉じた瞳が開く、その色は真紅。 鏡に付いた手で自分の顔を覆い隠す。 自然と漏れた、渇いた笑みが部屋を満たす。 「――それでも、俺は君なんだ。  先輩と会うのも、殺すのも……  全部君の意思なんだよ、遥」 掌で隠された顔は、酷く歪んだ笑みを浮かべていた。