夜の寒さがシン、と体に染みる。 見上げた深夜の校舎はどこか幻想的で、寂しさを纏い、全てを拒絶する異界だった。 ふと、後ろから足音がした。どうやら相棒が来たようだ。 ――それじゃあ始めようか、退屈な日々をブチ壊す凶器の宴を。 『先輩とボク』 硝子の心 第一夜 ―― それすらも、ボクらの日常。 「ふぅ、校舎全体に結界敷いてきたわよ……って久しぶりね、その格好」 「――ああ、本当に久しぶりだね。  ワクワクするよ……」 恍惚とした表情で振り返る。 美しく、ぞっとするような笑みを顔で。 「……はぁ、そっちじゃなくて。  この格好が久しぶりってコト」 薄汚れた黄土色のロングコートを手にとる相棒、堀江雪乃。 が、すぐにぱっと手を払われてしまう。 「これじゃないと、なんかね。  それよりさ、早く行こうよ――……俺、もう待ちきれないや」 「――まだ治ってないのね、その多重人格症」 ま、いいわ。と短く会話を切って校舎に向かって歩き出す雪乃。 後ろから続く前に、コートの少年、井上遥はもう一度校舎を見上げた。 変わらずそびえる校舎を。 「……間違いない、今日は居る。  焦んなって、逃がしゃしねぇよ――全員ブチッ殺してやるぜ」 そうして、彼も校舎の中へ続いた。 ――ココハ、ドコ?   サムイヨ、サミシイヨ。   ネェ、ダレカ。 校舎の中は静かだ、昼間の喧騒は微塵も感じられない。 息をすることも許されぬ様な空気、それが堪らなく気分を高揚させる。 ゆっくりと、自然な動作で図書室の扉を開けた。 ――ミツケタ。 机の上に腰掛けた『ナニカ』は、真っ直ぐ来訪者を見つめる。 言葉にない、挨拶を交わす。 目だけでまた会ったね、と。 さようなら、と。 腰のホルスターから黒光りするリボルバーを抜いた。 直後『ナニカ』が座っていた机が吹き飛んだ。 ち、と舌打ちすると横っ飛びに廊下へ飛び出す。 変わりに今度は、先ほどまで立っていた図書室の入り口が吹き飛ぶことになった。 続け様に廊下側の窓硝子が全て割れる。 ――走ってたんじゃあ間に合わない。 すぐ横にある階段まで来ると、そのまま勢いを殺さず躊躇もせずに飛び降りた。 12段分の衝撃を足で受け止める、だがこのくらいで止まってやんない。 反転して更に飛び降りる、コートをはためかせ人外の動きをするそれはまさに豹。 壁に体を打ち付けながら、狙いを付ける。 寸分の狂いもなくその額を打ち抜く。 だが、しかし、ふとその気配は消えてしまった。 不恰好に、横へ転がる。 先ほど居た場所が更に吹き飛んだ。 腰から二丁目のリボルバーを抜いて、撃った。 同時に腹への衝撃、そして背中を強く強打する。 天井へと打ち付けられ、口から血を吐き出す。 その体は床に打ち付けられることも無く、顔を鷲掴みに持ち上げられる。 ミシ、と骨の軋む音がする。 ――持ち上げられたその顔は、酷く歪んだ笑みを浮かべていた。 ――サミシイヨ。   ワタシハイツモ、ヒトリボッチ。   ヒザヲカカエテ、ナイテルノ。 物凄い衝撃が校舎を震わせた。 相方が戦闘に入ったのだろう、どうやら上の階らしい。 一気に階段を駆けのぼり、廊下の先を見る。 視界には破壊された教室、そして2度目の衝撃。 「――下ッ!」 息を付く間も無く、元来た道を振り返る。 発砲音が響く、ならまだ生きていると言う事だ。 急ぐ雪乃が下の階の廊下で見たもの、それは。 宙に浮かぶ遥と、この世に存在し得ない「異形」の気配だった。 「させないッ……!」 今撃っては遥に当たる、素早く聖葬言語が刻まれたアゾートを抜く。 握る右手に左手を添え走る、その距離僅か8メートル。 と、咄嗟に顔を左へ逸らす。 頬に何かが当たり、一筋の赤い線が走る。 だがそんなもので、勢いは殺せない。 飛び掛り、一気に浄化させる――! 「ッあ!」 短い悲鳴と共に、体が横へ弾かれた。 横からまともに衝撃を食らい、壁へ激突する。 「――ああ、ソイツは駄目だ。  だって『オレ』が悲しむから、連れて行くのは止してくれ」 自分を鷲掴みにする腕を掴み、空中で一回転する。 着地と同時に襲い掛かる腕へ胸に掛けたアンクロザリオを突き刺す。 そのまま何も無い宙を蹴り、存在しない何かを床へ叩き付ける。 そして、床へと銃口を向けた。 「チェックメイト、だ」 銃声が、響く。 虚ろな意識でも彼女にははっきりと、何も無い、存在しえないモノを撃ったように見えただろう。 でも、彼は本当にそうだったのだろうか―― 「……なんだ、イイトコは遥に持っていかれちゃったわね」 「君が遅いからだろう、俺は獲物が居たから殺っただけだよ」 ホルスターへ銃を収め、血反吐を吐いた後手の甲で口を拭う。 ふと、窓の外の空を見上げた。 「――ああ、今日も月がこんなにも綺麗だ。  あの子も最後にこれを見たのかな、逝く間際は幸せそうだった」 「どうでもいいけど、残りは消えちゃったみたいね。  また出てくるのを待つしかない、かぁ」 はぁ、と立ち上がり溜息を付く。 「そうだね、じゃあ今夜はこれでお別れかな。  後始末はじっちゃんがやってくれるだろうし」 窓の外を見上げたまま、呟いた。 「なによ、あれだけ派手にやっといて他人任せってわけ?」 「だって、俺は殺すだけの遥だから、そんなコトは知らないよ」 振り向いたその顔は、やはり遥の顔だった。 妙に、それが悲しい。 何かを言いかけた唇は、言葉を紡ぐことが出来なかった。 「――それじゃあ、さよなら雪乃」 膝を落とし、そのまま倒れこむ遥。 傍へ寄ってその華奢な体を抱き起こしてやる。 目覚めたら、きっといつもの遥に戻ってるだろう。 安堵の息を付いて、アイツと同じように窓の外を見上げてみる。 いつか見た幻想の蒼い月が、夜空に浮かんでいた。